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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)45号 判決 1999年3月18日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

第二  審決を取り消すべき事由について判断する。

一  本件商標が、「越乃立山」の文字を横書きしてなり、指定商品を商品の区分第二八類「酒類(薬用酒を除く)」とする登録商標であること、引用商標が、別紙の構成よりなり、第三八類「日本酒類及びその模造品」を指定商品とする登録商品であることは、当事者間に争いがない。

二  本件商標は、上記のとおり、「越乃立山」の文字を横書きしてなるものであるところ、その構成中の「越」の文字は、一般に、北陸道(若狭、越前、越中、越後、加賀、能登、佐渡の七国)の古称(広辞苑第四版)を指称するものであるから、「越乃」とは、「北陸道の」という意味を有するものであること、一方、「立山」の文字は、富山県の南東部、北アルプスの北西端に連なる立山連峰との意味を有するものであることは、当裁判所に顕著な事実である。

上記事実によれば、「越乃立山」の文字は、その文字内容に照らし、「北陸道にある立山連峰」の意味に理解されるものであるということができ、そうすると、その構成中の「越乃」の文字部分は、「立山」を修飾する語であると認識されるにとどまるから、本件商標のうち「立山」の文字部分が、取引者、需要者に対して、商品の出所の識別標識として強い印象を与えるものと認められる。

そうすると、本件商標においては、「立山」の文字部分が要部であり、この「立山」から「タテヤマ」の称呼を生じ、かつ、上記のとおり立山連峰の観念を生ずるものである。他方、引用商標は、別紙記載のとおり、「立山」の文字を図案化してなるものであって、これより「タテヤマ」の称呼を生じ、かつ、立山連峰の観念を生ずることは明らかである。そうすると、本件商標と引用商標は、称呼、観念を共通にする類似の商標というべきである。

三  本件商標の周知性について

(一)  《証拠略》によれば、原告の清酒造りの歴史は江戸時代に遡り、素封家であった藤井四右衛門が、文久年間に、原告の本店所在地である富山県砺波市中野(旧栃波郡庄下組中野村)において、「立山」との銘柄で清酒の製造販売を始め、この事業が明治時代に入って法人化され、明治三〇年に原告の前身である合資会社立山酒造が設立され、明治四一年一一月に株式会社に組織変更されて現在に至っていること、原告は、創業以来一貫して清酒のみを製造し、主として地元の富山県内の卸売業者に販売していたところ、昭和五九年前後頃から地酒がブームになったこともあって、昭和五八年頃には年間出荷量が約三三五〇キロリットル程度であったのが、平成三年には約五八六三キロリットル、平成四年には約六一三八キロリットルと増加していったこと、富山県下において三大清酒メーカーと称されているのは、原告、銀盤酒造株式会社、若鶴酒造株式会社であるが、富山県内の清酒メーカーの平成四年における年間総出荷量が一万六七九八キロリットルであったところ、原告の出荷量は約六一三八キロリットル、銀盤酒造株式会社のそれは約四九二六キロリットル、若鶴酒造株式会社のそれはそれ以下であり、原告が第一位であったこと、原告の富山県内の卸売業者に対する年間出荷量は、平成三年において四六〇〇キロリットル(総出荷量約五八六三キロリットルの約七八・四%)、平成四年において四八一四キロリットル(総出荷量約六一三八キロリットルの約七八・四%)であったことが認められる。

(二)  《証拠略》によれば、「北陸(富山県、石川県、福井県、新潟県)」(広辞苑第四版)のうち富山県、石川県、福井県は、特に「北陸三県」と称され、相互に隣接した県であって、北陸地方として文化的、経済的に接近しており(特に、富山県、石川県が江戸時代に加賀藩領であったことは、当裁判所に顕著な事実である。)、風土も似ており、清酒業界においては、金沢国税局が北陸三県を管轄していること、原告は、金沢国税局の主催する清酒の鑑評会において、自社の商品を出品し、しばしば金賞を獲得していたこと、北陸三県においては、製造される清酒のタイプが似ているとされていることが認められる。

(三)  以上認定の事実によれば、原告商品は、富山県の地酒であるが、北陸三県の清酒の取引者の間に広く認識され、かつ、富山県を中心として隣接する石川県、福井県においても需要者に広く販売されているものと認めるのが相当であり、そうすると、原告商品に使用されている引用商標は、本件商標の商標登録出願日である平成四年一月一〇日前に、富山県における取引者、需要者の間に広く認識されるに至っていたものと認められる。

(四)  原告は、原告商品は、富山県を代表する地酒として、全国的に需要者の間に広く認識されていたから、引用商標は、本件商標の商標登録出願時において、富山県内のみならず、既に全国的に周知となっていた旨主張するので、この点について検討する。

(イ) 《証拠略》によれば、平成三年の全国の清酒の年間総出荷量は一三七万五一七一キロリットルであったところ、原告商品の年間出荷量は約五八六三キロリットルであって、全国と比較した原告商品の市場占有率は〇・四三%であり、平成四年の全国の清酒の年間総出荷量は一三九万九二五〇キロリットルであったところ、原告商品の年間出荷量は約六一三八キロリットルであって、全国と比較した原告商品の市場占有率は〇・四四%であったこと、全国各地の酒造業者と比較した原告の出荷量の順位は、平成三年ないし平成四年において、第二八位ないし第三〇位であったことが認められる。

上記認定のとおり、原告商品の市場占有率は〇・四三%ないし〇・四四%であるところ、前記(1)認定のとおり、そのうちの八〇%近くが富山県内の卸売業者に出荷され、その残りが富山県外に出荷されていることを考慮すると、原告商品が、近隣の北陸三県一円の範囲を超えて全国的に広く浸透していたとは認められない。

(ロ) 原告商品は、ごく一般的な清酒であり、かつ、全国各地に存する地酒の一つであり、しかも、外国酒と出所の混同を生じるかどうかが問題となっているのであるから、周知性の有無を認定するについては、清酒も外国酒も購入する可能性のある成人一般の需要者を基準として考慮すべきものであるところ、原告商品の全国的なレベルでの広告宣伝等の状況をみるに、《証拠略》によれば、一般大衆向けの雑誌である「小説新潮」一九七四年(昭和四九年)一月号には、作家の安岡章太郎による原告代表者及び原告商品等に関する随筆が掲載されていること、一般女性向けの雑誌である「ミセス愛蔵版」(昭和五三年六月一日発行)には、「富山の味のいろいろ」という見出しで、富山県の料理が紹介され、その中に、原告商品の広告宣伝が掲載されていること、全日空の機内誌である「翼の王国」一九八七年(昭和六二年)一一月号には、富山県の清酒メーカーとして原告及び原告商品が紹介されていること、「中央公論」平成二年一月号には、富山の清酒として「銀盤」と原告商品が紹介されていること、「週刊新潮」平成二年五月三・一〇日号には、富山の清酒として、「若鶴」、原告商品の広告が掲載されていることが認められるものの、この程度の広告宣伝等をもって、全国の需要者の間に、原告商品が富山県を代表する地酒として浸透していたと認めることは困難である。

原告は、原告商品の広告宣伝等の掲載された多数の酒の専門誌や書籍等を書証として提出するが、成人一般を対象とするものとは認められない。しかも、原告提出の上記書証には、いずれも原告商品が富山を代表する地酒として単独であるいは他の銘柄の清酒と一緒に掲載されているが、乙第二六号証の一(「SAKE Best Collection’89-’90」平成元年一〇月一日株式会社サンケイ新聞データシステム・マーケティング事業本部発行)によると、酒の上記専門誌には、富山の清酒として原告商品が記載されていないのであるから、原告提出の上記書証から直ちに、原告商品が富山県を代表する地酒として全国的に広く認識されていたことを裏付けるものともいいがたい。

(ハ) 原告は、地酒の周知性を判断する場合、その商品の特質からして、周知性の判断の対象者は、少なくとも老若男女の幅広い一般消費者層とすべきではなく、取引業者及び愛飲家等とすべきであり、また、本体においては、原告商品が地酒という商品であるというその特質からして、必ずしも全国レベルの広告宣伝や、全国レベルの販売網を有していなくとも、北陸を代表する地酒として、北陸で広く知られているのみならず、全国レベルでも取引業者及び愛飲家等の間に広く知られている旨主張するが、前説示のとおり、出所の混同を生ずるかどうかの判断の前提事実として周知性の有無を認定するについては、成人一般の需要者を基準として考慮すべきものであるから(取引業者が混同するとは考えられない。)、原告商品が富山の地酒として愛飲家の間で高い評価を受けるようになったとしても、これをもって直ちに原告商品が北陸三県一円の範囲を超えて全国的に広く知られるに至ったとはいえず、したがって、原告の上記主張は、採用の限りでない。

(ニ) そうすると、原告商品は、本件商標の商標登録出願時に、北陸三県一円の範囲を超えて全国的なレベルで需要者の間に広く知られるようになっていたとは認めがたく、原告の上記主張は、採用することができない。

四  混同のおそれについて

(一)  本件商標を外国酒に使用することで、アルコール類の取引業者が、原告商品と出所の混同を生ずるおそれがあるとは認めがたい。そこで、次に、前説示のとおりの需要者を基準として、本件商標が引用商標を付した原告商品と出所の混同を生ずるおそれがある商標といえるかどうかについて検討する。

《証拠略》によれば、清酒は、我が国固有の酒であり、水と米と米麹を原料として発酵させ、これを濾過して製品とするものであって、古来から伝承されてきた酒造技術によって製造され、日本独特の土壌、気象条件のもとで育まれ、日本人の味覚に合わせて出来上がった、いわば日本の文化の一つであること、一方、洋酒、果実酒、中国酒、ビールなどの外国酒は、清酒とは原料、製造技術が相違するのみならず、我が国とは全く異なる土壌、気象条件のもとで育まれ、その国、その地方の人々の味覚に合わせて出来上がったものであって、同じアルコール飲料とはいっても、清酒とは本質的に相違するものであることが認められる。

そして、《証拠略》によれば、平成六年現在で、富山県には酒造業者が三〇業者いるところ、そのうち清酒を含めた日本酒のみを製造販売しているものは二五業者、外国酒のみを製造販売しているものは一業者(果実酒の製造販売)、日本酒と外国酒をともに製造販売しているのは一業者(清酒、果実酒、ウイスキー)であること、また、同じ時期の北陸三県の他県の状況についてみるに、石川県では五〇、福井県では五八の酒造業者が存在しているが、そのうち、日本酒と外国酒とをともに製造販売している業者はいないことが認められる。

以上の認定事実によれば、前記認定のとおり本件商標と引用商標とが称呼、観念において類似しているとしても、本件商標の「越乃立山」を使用して外国酒を販売するとき、これが引用商標の「立山」を使用して清酒を製造販売する原告から出たものと需要者をして誤認させるおそれがあると認めることができないものというべきであり、結局、取引の実情のもとにおいて、本件商標が原告の業務に係る商品と混同を生じるおそれがある商標であると認めるに足りない。

(二)  原告は、外国酒と日本酒は、近年の酒類の分野における取引市場にあって、互いに近接した商品同士であると認識するのが一般的であり、かつ、自然でもある旨主張するので、検討する。

まず、原告は、全国のほとんどの酒販店において、外国酒と日本酒を、酒類又はアルコール類として同一店舗内で販売しているとしているが、外国酒と日本酒は、前記のとおり文化的背景を異にし、酒税法上も区別され、品質にも明確な相違があるのであるから、小売段階において一般消費者が一見して識別し得るような取扱いをしているのが通常である。したがって、仮に外国酒と日本酒が同一店舗内で販売されているとしても、これをもって外国酒と日本酒が互いに近接した商品であるとはいえない。

また、原告は、外国酒も日本酒も、同一サイズ、同一形状のびん、缶、紙パックなどを使用して同一の形態で販売されているとしているが、これを裏付けるに足りる証拠はない。

更に、原告は、規制緩和政策により、地ビールが各地に登場してきたが、地ビールを最も製造販売し易い立場にあるのは、既存の地酒メーカーであり、また、行政機関も、地酒メーカーが地ビールの分野に進出することを推奨しており、原告も、地ビールの製造販売を企画しているところであるとしているが、《証拠略》によれば、平成六年度中にビール醸造への進出を意思表明した清酒メーカーは、全国で八社に過ぎず、その中には原告は含まれておらず、富山県内で銀盤酒造株式会社のみがその意思を表明しているものの、銘柄も決まっていない状態であったことが認められ、本件商標の商標登録出願当時において、清酒メーカーが清酒とビールの両方を製造販売するという状況になかったことは明らかである。

更にまた、原告は、酒類にあっては、各種の類似商品が開発され、また、類似の技術が採用され、更に、同じ素材であっても、各種の類似の取引及び販売形態が採用され、今や各種商品間の競争は激化しており、各商品間の類否の隔たりも非常に狭くなりつつあって、例えば、薬味酒の分類に入れられている梅酒やにんにく酒にしても、アルコール分四ないし五%の炭酸入り(発泡形態)や、リキュール化(洋酒化)した梅酒やにんにく酒が市販されており、リンゴ酒やオレンジ酒、レモン酒、ぶどう酒等の果実酒及び洋酒のリキュール等と何んら区別がつかなくなってきており、また、焼酎(日本酒)もウイスキー(洋酒)も蒸留酒であるが、ウイスキーの原料と同じ麦でつくった麦焼酎も市販されているといった事情があるとしているが、取引の実情において、需要者が、梅酒やにんにく酒の薬味酒と、リンゴ酒やオレンジ酒、レモン酒、ぶどう酒等の果実酒及び洋酒のリキュール等と区別がつかなくなっていると認めるに足りる証拠はなく、ウイスキーの原料と同じ麦でつくった麦焼酎が市販されているからといって、ウイスキーと焼酎との区別がつかなくなっていると認めるに足りる証拠もない。

そうすると、外国酒と日本酒は、近年の酒類の分野における取引市場にあって、互いに近接した商品同士であると認識するのが一般的であり、かつ、自然でもあるとする原告の上記主張は、採用の限りでない。

(三)  その余の原告の主張についても、上記認定判断に照らし、採用することはできない。

五  以上によれば、審決において、本件商標は、これを被請求人がその指定商品中、「日本酒、薬味酒」以外の商品について使用しても、商品の出所について混同を生じさせるおそれはないとした認定判断は、相当というべきである。

第三  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成一一年一月一九日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸 充)

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